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長崎地方裁判所佐世保支部 昭和58年(ヨ)58号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【説明】

「第二 当事者の主張

一 (申請の理由)

1 債務者は造船業等を営むため設立された株式会社であり、東京に本社を置き、同会社佐世保造船所をはじめとする事業所を有し、更に、関連企業下請企業等多数の系列会社を用いて、その事業を行つている。

債権者は昭和四一年四月一日、債務者会社佐世保造船所造船部船殼課組立係に入社配属され、以来今日まで組立職としての業務に従事して来た者である。

2 債務者は、債権者に対し、昭和五八年五月九日、山口県宇部市港町所在の城南造船株式会社に出向させる旨(以下「本件出向」という)の内示を行い、同年五月一六日正式に出向命令を発令した。

3 債務者は昭和五八年五月二六日債権者に対し、同人が本件出向に応じることができない旨を述べたことを理由に「本日付をもつて解雇する。」旨を告げて、債権者に対し、解雇の意思表示を行つた。(以下「本件解雇」という)

4 債権者は、債務者から平均月額金二〇万七、七一九円の賃金を支給され、これを唯一の収入として生活を維持している者であり本件解雇によつて生活の途を絶たれ、回復し難い損害を受けた。

5 よつて申請の趣旨記載のとおりの裁判を求める。」

「四2(主張その一=出向拒否の事情)

債務者が本件解雇事由の重要な一部としている債権者の出向拒否には正当な事由がある。その理由は次のとおりである。

(一) 債権者は、以下に述べる事情に因つて、本件出向に応じれば、債権者の母親の生命・健康に重大な危険をもたらす結果となるため、出向に応じられない実情にある。

そこで、債権者は、債務者に対して繰り返し右事情を説明し、「出向対象者から除外してもらいたい」旨を願い出たが、結局聞き入れてもらえなかつたため、本件出向命令に従えない旨を債務者に明らかにしている。

(二) 債権者は、四二才の独身者である。

現在住所地において母親である申請外川口サミ(明治三八年七月二五日生・七八才)と二人暮しである。

父親茂は、債権者が中学生の時に死亡している、兄弟は姉珠實、弟節理がいる。

姉珠實は、自衛官である夫と共に福岡県遠賀郡芦屋町にアパートを借りて、子供と共に居住しているが、夫の公務員給与のみで生活している上、住居が狭く、又、夫が債権者の母と同居生活をすることを非常に嫌つている状況にあつて、母親もそのことを知つてか姉との同居をひどくいやがつている。

又物理的にも、姉夫婦との同居はできない状態である。

弟節理は、昭和四九年頃、刑事事件を繰り返し、刑務所に服役し、以来債権者ら親兄弟とは義絶状態になつており、以来音信不通でその所在も知れない状態が続いている。

(三) 債権者の母親サミは、以上の状況のため、債権者と同居して生活をして来たものである。

昭和四七年頃まで、母サミは、失対事業で働らいていたが、失対事業の打ち切りのため離職し、以来債権者の収入によつて生活を維持して来た。

同人は、以前より高血圧症の持病があつて通院加療を継続して来たが、昭和五六年一月初旬頃より下血が始まり血便をするようになり、一月二二日自宅で倒れた。

直ちに入院措置がとられたが、癌の疑いもあつて、一時は危篤状態に陥り、ようやく生命をとりとめて七月三一日に退院することができるまで回復した。この入院以来高血圧症、脳血管障害による老人性痴呆症の症状が発現し、以後進行した。

退院後も、ほとんど寝たきりの状態で自宅療養を続けた結果、序々に回復した。

しかし、翌昭和五七年二月一五日、再び自宅風呂場で倒れ、腰を痛め、寝返りをうつことも、病床から上半身を起き上ることすらできない状況となつたため、同年二月二二日佐世保中央病院に入院させた。

この前後から、再び下血が始まり血便をするようになり、以前の消化管出血の症状が再発した。

その上、同病院に入院中、腕が思う様に動かせなくなつた上、歩行もできなくなつた。

更に、この頃から発音機能にも障害が発生し、思う様に言葉が出ずに「アウ・アウ」という様な発音がでる状態となつた。

このため、債権者は医師の勧めもあつて、母を弓張病院に転院させた上、内臓疾患の治療と共に、リハビリテイションを行つた。

(四) 債権者の母親は、昭和五七年九月四日退院した。

弓張病院のリハビリテイションの結果独りで歩行できるようになつたものの、普通に歩行できず、いわゆるヨチヨチ歩きしかできない状況である。又、寝たり起きたりの状態が続いている。

債権者は母親の退院後、その食事を自分で作つた上で出勤する生活を続けている。しかし、債権者の母親は老齢のためか老人性痴呆症の症状が顕著となつて極度の物忘れ記銘力の低下、判断力の低下の現象があらわれている。

そのため、かかつて来た電話の直後、誰れから何の用件の電話であつたかを聞いても全く答えられなかつたり、何ケ月も前の出来事を恰かも一〜二日前の出来事であるかの様に錯覚して債権者に話したりすることが頻繁になつた。

又、鍋、やかんをガスコンロに点灯したまま放置して火災寸前になつたり、糞便を本人は気付かないまま、道路にたれ流して帰宅したり、近所の商店に金を払わないまま品物を購入して来たり等極めて異常な挙動をするようになつた。

(五) 債権者は、母親が右の様な状態となつたため母親を家に残したまま出勤することは危険な状態となつたので、母親の親しい友達である近所の老婦人に母親の事を頼み、その様子に絶えず気を配つて必要な援助をお願いしている。

幸い、右老婦人二人は、債権者の母親に献身的な世話をしてくれているため、母親は債権者が出勤している間身の危険を回避することができている実情にある。

(六) 母は前記高血圧、脳血管障害に併わせ貧血、下血、肝障害、冠状動脈硬化症、パーキンソン氏病、骨粗鬆症、変型性背椎症、右肩骨関節炎等の診断を受けている。

しかし、目下小康状態を保つており入院までを必要とせず、どこの病院も入院させてくれない実情にあり、自宅療養を余儀なくさせられている。

(七) 債権者は、右の母親の症状に照らし、母親を出向先に同伴することが可能であるかについて現在の主治医である医師に相談したところ、母親の症状からは遠隔地に転居して環境が変れば、消化管出血や腎結石症、冠不全等の症状が再発する危険があるし、保証はできないとのことであつた。

又、「出向期間の二年間だけでも入院させてもらえないか」と願い出てもみたが、「せいぜい二〜三ケ月ならなんとかしても良いが、二年間もの間は無理である」旨言われて断わられた。

債権者は、あらためて姉に相談したが、姉は「家も狭く、主人を納得させられない上、医者が転居したら責任がもてないと言つているのに無理して引き取つて、もしものことがあつたらどうするのか」と言い、結局姉の許に一時転居させることも断念せざるを得なかつた。

(八) 債権者は、以上に述べた実情にあるため、単身赴任して母親を残して行くこともできず、母を連れて赴任したり、姉の許に預けることもできない状況にある。」

【判旨】

一「申請の理由」1(当事者)、2(本件出向)及び3(本件解雇)の各事実は当事者間に争いがない。

二そこで、本件解雇に正当事由が認められるか否かについて検討する。

1 右判断のために必要な検討すべき点を整理すると次のとおりである。

<証拠>によると、債務者においては、労働協約上、債務者は業務の都合により労働組合員を関係会社又は社外団体等に出向させることができ、出向を命ぜられたのに組合員が正当の事由なく拒んだときは懲戒解雇に処する旨の規定があり(三三条二項、四一条、同条八号)、就業規則上も同旨の規定があること(三九条二、三項、六九条、同条八号)、さらに、労働協約上債務者は「やむを得ない事業上の都合があるとき」は組合員を解雇することができる旨の規定があり(四五条、同条六号)、就業規則上も同旨の規定があること(四四条、同条六号)、債務者は債権者が本件出向を拒否したため、出向対象者に選定された以上他に配置する職場がないことに帰したので、右解雇条項の「やむを得ない事業上の都合によるとき」に該当すると判断して同人を解雇したこと、他方、本件出向の拒否は本来なら懲戒解雇の事由に該当するが、本件出向の命令が経営上の都合によるものであつたため、一歩下がつて懲戒解雇に処するを控えて、一般の解雇としたこと、が一応認められ、右認定に反する証拠は存しない。

右認定事実にもとづいて考えると、本件解雇に正当事由が認められるか否かは、一に本件出向拒否に正当事由がないといえるか否かの判断いかんにかかつているといわねばならない。

2 すすんで本件出向の拒否に正当事由が認められないか否かについて検討することとなるが、そのためにはまず、本件出向に係る出向計画自体の合理性について検討しなければならない。

<証拠>によると「抗弁」2(本件出向に係る出向の必要性)及び3(本件出向に係る出向の手続)の各事実が一応認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

それゆえ、本件出向に係る出向計画は、その必要性においても、その出向人員及び出向対象者選別基準の策定においても一般的内容に関する限り、一企業である債務者のとるべき方策として止むをえないことであり、かつ合理的な選択であるということできる。

3 ついで、具体的に、債権者が本件出向を拒否したことにつき正当事由がなかつたか否かについて検討すべきこととなる。

<証拠>によると、債権者が所属する船殼課組立係においては人員三九六名に対し余剰人員が四九名生じたこと、債権者は取付職として勤務する者であるところ、定型残業(週末日除き毎日二時間)に服しないので残業を含めた業務の体系の中に組み込み難く吊環再生業務に当てられていたこと、債権者は有給休暇を毎年五、六月頃までに使い果し、その後は診断書提出不要程度の病欠が散見され、勤務不良と判定されていたことが一応認められる。

しかし、債権者が出向拒否の唯一の正当理由として主張している債権者の母の病状が本件出向に耐え得る状況にあるという債務者の主張事実にそう<証拠>は、弁論の全趣旨により<証拠>に照らして採用しがたく、かえつて、<証拠>によると「抗弁に対する認否」2、「主張その一」(一)ないし(八)の各事実(出向拒否の事情)が一応認められる。

<証拠>によると、債務者が本件出向に係る出向の対象者として不適当と考えた基準は、病気中で当面回復の目途が立たない人、家族が本人と同居すべきところ動かせない状況にある人、出向先で危険な状態が予想される人、妻不在で子供がいて佐世保では面倒を見てくれても出向先でその期待が出来ない状況にある人などであつたこと、今回の出向計画の実施に際しても右基準に照らし心臓病の妻を持つ者がこれに該当するとされた事例があつたこと、が一応認められる。

右認定事実によると、次のように判断すべきである。債権者は四二才ではあるが未だ独身であり、一人で病気の母の世話をしているのであるが、前認定の残業拒否は母の世話のため必要止むをえないものであつたし、年の前半に使い切った有給休暇の大半もこの母の世話のために使つたものであり、勤務態度不良の評価の理由は専ら右の残業拒否及び有給休暇その他の休暇の使い方から来るものであつて、それ以外の勤務中の態度不良については何らの主張も立証もない。さらに、母の病状は他地への転居を許さず、病状が一進一退で治療効果なくそのため入院を許される状況にはなく、頼りうる唯一の身内である姉の家庭も福岡県遠賀郡芦屋町に在住し家庭内の事情から母を預けることができる状態にない。このような債権者の事情は債務者自らが立てた基準によると出向不適当の者に該当するというべきである。

それゆえ、債権者が病気の母の転居困難を理由に本件出向を拒否したことに正当な事由がなかつたものとは断定できない。

4 したがって、結局、本件解雇は無効というべきである。

(東孝行 伊藤新一郎 高野伸)

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